サッカー王国の、もう一つの顔
日本代表の次戦の相手はブラジルです。(6/29現在)
ブラジルという名前を聞くだけで、サッカー好きでなくても少し背筋が伸びる人は多いのではないでしょうか。黄色いユニフォーム、自由なドリブル、強烈な個の力、そしてワールドカップ最多優勝国という重み。ブラジルは、ただ強い国というより、サッカーそのものの象徴に近い存在です。日本にとってもブラジルは特別な相手であり、ジーコをはじめ、日本サッカーの成長と深く関わってきた国でもあります。
もちろん試合を見るうえでは、ブラジルの前線をどう止めるのか、日本がどこでボールを奪い、どこで前に出るのかが気になります。ただ、私は暗号資産取引所の尾藤トレ夫です。せっかくなので、ピッチの上だけではなく、少し外側からもブラジルという国を見てみたいと思います。
ブラジルはサッカー王国であると同時に、世界でもかなり面白いデジタル決済大国です。その中心にあるのが、ブラジル中央銀行が主導して作った即時決済システム「Pix」です。
Pixが日常に入り込んだ国
Pixは、2020年に始まったブラジルの即時決済システムです。個人同士の送金だけではなく、店舗での支払い、オンライン決済、公共料金、企業間の支払いまで幅広い場面で使われています。24時間365日、ほぼリアルタイムでお金を送ることができ、銀行や決済事業者をまたいで使える共通インフラになっているため、日本でたとえるなら、銀行振込、QRコード決済、個人間送金、請求書払いのかなり大きな部分が、一つのレールに寄っているようなイメージに近いかもしれません。
しかもPixは、一部のテック好きだけが使っている便利アプリではありません。ブラジル中央銀行によると、Pixの利用者はすでに約1億7000万人規模に達しています。ブラジルの約2億1千万人という人口規模を考えても、これはかなり大きな数字です。日常の買い物や送金にデジタル決済が深く入り込み、社会の広い層が同じ決済インフラを使っている。ブラジルという国を金融の目線で見るとき、このPixの存在は外せません。
ブラジルでは、現金からデジタル決済への移行がかなり現実的な形で進んでいます。しかもそれは、単に民間の決済アプリが流行っているというより、中央銀行が整備した共通インフラとして社会に広がっている点に特徴があります。サッカーでいえば、個人技だけではなく、国全体のパスコースが整備されているようなものかもしれません。
そして面白いのは、Pixのような強力な決済インフラがある一方で、ブラジルでは暗号資産の利用もかなり存在感を持っていることです。日常の支払いではPixが広く使われる一方、暗号資産の世界ではビットコインだけでなく、ステーブルコインの存在感が目立っています。ここから先を見ると、ブラジルのお金の流れはさらに立体的に見えてきます。
ステーブルコインの存在感
ブラジルで暗号資産というと、ビットコインの売買をイメージする人もいるかもしれません。もちろんビットコインは重要な存在ですが、ブラジルの暗号資産事情を見るうえで外せないのがステーブルコインです。ステーブルコインとは、米ドルなどの法定通貨に価値を連動させるよう設計された暗号資産で、価格が大きく動きやすいビットコインとは違い、ドルに近い感覚で持ったり送ったりしやすい特徴があります。
ブラジル中央銀行の関係者は、ブラジル国内の暗号資産フローの約90%がステーブルコインに関連していると説明しています。また、ブラジルではUSDTのようなドル連動型ステーブルコインの取引が大きな割合を占めているとも報じられています。これは、ブラジルで暗号資産が単なる投資対象としてだけではなく、ドルへのアクセスや国境を越えるお金の流れとも関係していることを示しているように見えます。
ブラジルは経済規模も人口も大きく、国内だけで完結する国ではありません。輸入、越境EC、海外サービス、国際送金、企業間取引など、国境をまたぐお金の動きは当然あります。そこで既存の外貨取引や国際送金に不便さやコストを感じる人たちにとって、ステーブルコインは選択肢の一つになり得ます。レアルで日常の支払いをする世界と、ドルに近い形で資産を持ったり海外とやり取りしたりする世界。その両方がブラジルの中にあります。
このあたりは、前回取り上げたスウェーデンとは違う面白さがあります。スウェーデンはキャッシュレスが進んだ国として知られていますが、ブラジルの場合はPixという強力な日常決済インフラがあり、その一方でステーブルコインもかなり大きな存在感を持っています。同じキャッシュレス先進国という言葉でまとめられそうでも、実際にお金が動いている場所や、暗号資産が入り込んでいる場所は国によってかなり違います。
Drexが見ている金融インフラの未来
ブラジルでは、Drexという取り組みも進んでいます。Drexは、ブラジル中央銀行が進めるデジタル通貨・金融インフラの構想として語られることが多いものです。ただし、Drexを「ブラジル版ビットコイン」のように見るとかなりズレます。ビットコインのように中央管理者のいない暗号資産というより、金融機関やトークン化された資産、スマートコントラクトを使った金融取引に関わるインフラとして見た方が自然です。
ブラジル中央銀行の関係者は、Drexについて、トークン化された銀行預金、スマートコントラクト、担保付きの信用取引、金融機関間の決済などを支える仕組みとして説明しています。一般の人がコンビニで使う新しい電子マネーというより、もっと金融の裏側に近い話です。資産をトークン化し、担保として使い、条件がそろえば自動的に取引を動かし、金融機関同士の決済を効率化する。そうした方向を見ています。
ここで見えてくるのは、ブラジルがデジタルなお金を一つのものとして扱っていないことです。日常の支払いにはPixがあり、暗号資産の世界ではステーブルコインの存在感があり、金融インフラの高度化ではDrexが試されています。どれもデジタルなお金に関係していますが、担っている役割はかなり違います。
日本では、暗号資産、ステーブルコイン、CBDC、キャッシュレス決済がまとめて「デジタルなお金」として語られることがあります。しかしブラジルを見ると、それぞれの居場所がかなり具体的に分かれて見えます。生活の中の支払いはPixが支え、国境を越えるお金の動きではステーブルコインが使われ、金融機関の裏側ではDrexのようなトークン化インフラが試されている。これは未来予想というより、すでに現実のお金の流れの中で起きている変化です。
規制も現実に追いつこうとしている
暗号資産やステーブルコインの利用が広がれば、当然ながら規制の議論も必要になります。ブラジルでは、暗号資産に関する法的枠組みが整えられ、その後、中央銀行がより具体的なルール作りを進めています。特にステーブルコインについては、国際的な支払いや資金移動に使われる場合、外国為替取引との関係をどう見るのかが重要な論点になります。
これは、暗号資産を単に止めるという話ではありません。すでに使われているものを、どのように既存の金融システムの中で扱うのか。利用者保護、透明性、マネーロンダリング対策、テロ資金供与対策、事業者のガバナンスやセキュリティをどう確保するのか。ブラジルは、暗号資産やステーブルコインを現実のお金の動きとして見たうえで、制度の中にどう位置づけるかを考えている段階にあります。
便利なものは広がります。ただ、広がったあとにルールが追いつかなければ、利用者保護や金融システム上のリスクが大きくなります。ブラジルの動きを見ていると、Pixのような公的な決済インフラを作る力と、ステーブルコインのように市場側から広がる新しいお金の流れの両方に向き合っているように見えます。
ブラジル戦を見る前に
ブラジル戦は、サッカーの試合としてもちろん楽しみです。日本がどこまでブラジルの個の力に耐えられるのか、どこでボールを奪い、どこで前に出るのか、世界最高峰の相手に対してどんな試合を見せてくれるのか。深夜に見るには少し大変な時間かもしれませんが、それでも見届けたくなる一戦です。
そして、その相手国を金融や決済の目線から見ると、ブラジルはサッカーだけではなく、デジタルマネーの世界でもかなり前に進んでいる国だと分かります。Pixによって日常決済を大きく変え、ステーブルコインによってドルアクセスや越境取引の需要を映し出し、Drexによってトークン化された金融インフラの未来にも踏み込もうとしている。サッカー王国ブラジルには、もう一つの顔があります。
試合を見る前に、少しだけ相手国のお金の流れにも目を向けてみる。そうすると、ブラジル戦はただの強豪国との一戦ではなく、世界の決済と暗号資産のリアルを考えるきっかけにもなるかもしれません。
※本記事は、サッカー日本代表の対戦相手国をきっかけに、各国の金融・暗号資産事情を紹介する編集記事です。特定の大会、団体、チームとの提携・協賛・公式企画を示すものではありません。
参考文献
本記事の作成にあたって、以下の公開情報を参照しました。
・FIFA「Brazil v Japan | FIFA World Cup Round of 32 | Match preview」
https://www.fifa.com/en/tournaments/mens/worldcup/canadamexicousa2026/articles/brazil-japan-live-stream-team-news-tickets
・Banco Central do Brasil「Pix at 5 – The innovation that transformed payments in Brazil」
https://www.bcb.gov.br/en/pressdetail/2640/nota
・IBGE「Country's estimated population reaches 213.4 million inhabitants in 2025」
https://agenciadenoticias.ibge.gov.br/en/agencia-news/2184-news-agency/news/44318-populacao-estimada-do-pais-chega-a-213-4-milhoes-de-habitantes-em-2026
・Reuters「Brazil's Galipolo sees surge in crypto use, says 90% of flow tied to stablecoins」
https://www.reuters.com/technology/brazils-galipolo-sees-surge-crypto-use-says-90-flow-tied-stablecoins-2025-02-06/
・Banco Central do Brasil「Drex – Digital Brazilian Real」
https://www.bcb.gov.br/en/financialstability/digital_brazilian_real
※各情報は記事執筆時点の公開情報をもとに確認しています。
